囚われのシンデレラーafter storyー


 午後、あずさがバイオリンを弾いている姿をずっと見ていた。

 また、綺麗になったと思う。

 CDの録音作業もしたと聞いた。そうなれば、レコード会社が広告をうつだろう。あずさが契約している事務所がどう考えているのかは分からないが、売り方はいくらでもある。

 音楽業界の中でもクラシックでヒットを出すのは至難の業だ。あの手この手で話題性を作る必要もある。

 俺があずさを見るフィルターを外しても、あずさはとても魅力的だと思う。そこを、事務所もレコード会社も見逃すはずはない。

 あずさは、ただ顔の作りが美しいというタイプの人間じゃない。それだけなら、他にいくらでもいるだろう。

 バイオリンを弾いていない時の、真っ直ぐで飾らない性格、可愛らしいけどこれだけは譲れないという芯の強さもあって、笑うとこちらまで幸せになるとてもチャーミングな女性だと思う。
 でも、ひとたびバイオリンを構えれば、可愛らしさは姿を消して。人をハッとさせ惹き付ける凛とした美しさを纏い始める。その視線の意思の強さに、息を呑む。

そのギャップがあずさの魅力――。

これから先、たくさんの人に見られるようになればなるほど、もっともっと洗練されて行くのだろう。

 あずさがバイオリンを弾きながら、俺の視線に気づいてその目を弓なりにした。それに俺も微笑みで返す。

あずさの魅力を、これからいろんな人が知るんだろうな。

あずさもたくさんの世界を知って行く。

これまでみたいに、小さなレストランで働いて、家と職場を往復していたあずさでもない。

音楽院でひたすらに修行していた身でもない。

いろんな世界の人と出会い、いろんな世界を知って行く。

俺以外にも男はいるのだと知って行く。

松澤哲史――。

37歳という、一番、男として気力が充実している年代。
世界を渡り歩いているのだから、それ相当の野心がなければすぐに潰されているだろう。オーケストラという集団を統率できるだけのカリスマ性もある。

ネットで見た姿が頭に浮かぶ。

……って。どうかしているな。

怖いと思う自分の狭量さに腹が立つ。

あずさが世界的に活躍できるバイオリニストになってほしいと願って来たじゃないか。

日本で、今一番注目されている実力派の指揮者と一緒に仕事ができることは、どう考えてもあずさのプラスになる。

仕事相手に、余計な心配をしてどうする。

仕事は仕事だ。

頭を小さく振る。

本当に、あずさのこととなると愚かになる自分に苦笑した。

これからも、誰よりもあずさを応援していくんだ。

「――佳孝さん!」
「あ、ああ、どうした?」

気付くと目の前にあずさが立っていた。

「もう、練習終わりました。少し遅くなりましたけど、お茶しましょう」
「そろそろ、夕飯の時間の方が近い気がするが?」

あずさがにっと笑った。

「でも。私、午後の甘いものを目標にいつも練習をしてるんです。抜くわけには行きません」

大真面目にそんなことを言うあずさに、つい笑ってしまう。

「それは失礼いたしました。では、今日は、何を食べましょうか?」
「やっぱり、マカロンがいいです」
「では、参りましょうか」

あずさの手を取ると、二人で笑い合った。

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