囚われのシンデレラーafter storyー


 離れ難い衝動を懸命に抑え、お互いに早々に寝る支度をしてベッドに入った。

 向き合うように横になって、言葉を交わす。

「――CD、楽しみだな。そうそう。細田さんが、今ではすっかりあずさのファンで。CDも買うって言っていた。あの調子だと東京のコンサートも行く勢いだな」
「細田さん? 私のこと覚えていてくれているの?」

あずさが目を見開いた。

「当然だよ。あずさのコンクールの動画、すべてチェックしたそうだ」

細田さんは、当時、俺の隠し持つ苦悩を唯一知っていた人だ。
今も、日本にある実家の様子を聞いたりすることから、時々連絡を取っている。

あずさの成功も、あずさと再び一緒にいるようになったことも心から喜んでくれている。

「そうなんだ……。細田さんに、お会いしたいな。結婚していて苦しかった時、優しい言葉をかけてもらったのを覚えてる」

そう言って、何かを思い出すように少し伏し目がちな笑顔になったあずさの髪を、掬うように撫でる。

「あの時は、本当に孤独な毎日を送らせてしまった」
「ううん。辛かったのはお互い様。今、幸せだから、もういいの」

あずさが俺に笑いかける。

「今度、一緒に細田さんに会いに行こうか。きっと喜ぶ」
「うん」

いつか。
いや。近い未来。

もう一度あずさに、今度は、あんな冷たいものじゃなくて心から言えたらいい。

俺の、妻に――。

「佳孝さん」
「ん?」

あずさの落ち着いた静かな声が聞こえる。

「――キス。してもいい……?」

夜の暗さの中、月の明かりがあずさの輪郭を浮かび上がらせる。

「してくれるのか?」
「したい」

近付いて来る身体を引き寄せ、唇を重ねた。
温かくて甘い唇を、あずさから重ねてくれる。
その感触だけで、じんわりと愛おしさを身体中に行き渡らせる。

再会した日、この先ずっと傍にいると約束した。

でも、ただ傍にいるだけじゃなく。
家族になろうと言いたい。言ってもいいだろうか――。

"家族"という言葉が、不意に胸の奥に鈍い痛みを走らせる。

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