囚われのシンデレラーafter storyー
それから数日が過ぎた夏の終わりのオフィスは、通常モードに戻りつつあった。
部下たちが続々と休暇から復帰して来ている。
ようやく自分の休暇が近付いているとあって、今手元にある仕事の整理をしていた。
”すみません、失礼します”
”どうぞ――”
ノックの音がしてパソコンから目を上げると、現れたのは野田有紗だった。
”昨日の国際会議合同ミーティングの議事録をお持ちしました”
”ありがとう。そこに置いておいてくれ。後で目を通す”
”はい”
あれ以来、仕事に集中しているのは見ていて分かる。彼女も、決して、仕事ができないわけじゃない。
”――すみません。今、少しお話してもよろしいでしょうか”
パソコンに戻し掛けた視線を止める。野田の言葉に、一瞬身構えた。
”……なんだ?”
見上げた先にあった眼差しから、馬鹿げたことではなさそうだけれど――。
”もし、可能であればなのですが。今動いている国際会議関連の仕事が終わったら、異動希望を出してもよろしいでしょうか”
”異動?”
その言葉の真意を聞く。
”はい。いろいろ考えたのですが、せっかくパリに来たのでこちらの現場で働いてみたいと思いました。現場での接客がホテルの仕事の原点ですから。ここでもう一度原点に戻ってみたいんです”
それは意外な言葉だった。
”もちろん、私にそんな選択権がないことは分かっています。クラウン東京の意向もこちらの意向もあると思いますので。可能であればと思いまして、こうして申し上げさせていただきました”
”なるほど――”
少し考える。
確かに、経営企画の仕事より現場の方が向いているタイプの人間だろう。
”――分かった。パリと東京の上の人間に掛け合ってみよう。その代り、今は担当している仕事を責任をもって取り組んでくれ”
”もちろんです。ありがとうございます”
俺にとっては迷惑でしかなかったが、一度与えたチャンスを無にするような、救いようのないところまで堕ちる人間でなくて良かった。