囚われのシンデレラーafter storyー
「……何か私にご用ですか?」
テレビか何かで見かけて、俺の顔を知って覚えていたということか。
でも、だからと言って、どうして声なんか掛けて来るのか――。
まさか、興味本位で声を掛けて来るような人間ではないだろう。
だとしたら――。
「進藤さんとお二人でいるのを見かけて。
それから昨日、今日と見かけて今思い出したんです。センチュリーホテルの後継者でいらした西園寺さんですよね」
昨日も、この人がここから出て行くのを見かけた。この人も俺を見ていたのか。
「演奏旅行のたびに、センチュリーを使わせていただいていました。本当に素晴らしいホテルでした。いつ宿泊してもサービスのクオリティが変わらない、有名ホテルでありながら奢ることのないその姿勢が、私はとても好きでしたよ。ですから、あの事件はとても残念でした」
この会話の目的に、つい怪訝な視線を向けてしまう。
「すみません、名も名乗らずに失礼致しました。私は、進藤さんのコンチェルトで指揮をさせていただく松澤と申します。それにしても、彼女の恋人が西園寺さんだったとは」
あずさが、どこまで話をしているのか――。
あずさとこの男が、どこまで関係を親しいものにしているのか俺には分からない。
「――こちらこそ、気付かずに申し訳ありませんでした。あずさからお話はよくうかがっております」
相手の出方を探るように、社交辞令的回答を告げた。
あずさの口からこの男の話題が出るたびに胸にざわめきのようなものが起きた。その音が耳鳴りのように大きくなって行く。
この状況の違和感が、心のどこかで怖れていた嫌な予感ばかりさせる。
「進藤さんは、本当によくやっていますよ。
私は音楽に対しては妥協を許せないタイプなものですから、どうしても厳しく当たってしまいますし難しい要求ばかりしてしまう。それでも、確実にそれに応えようと必死に食らいつく。そして、何より素晴らしい素質を持っている。これから、もっともっと、その才能を花開かせることができます」
純粋にあずさがよくやっていることを俺に伝えるためだけに、こうして声を掛けて来たりはしないはずだ。
俺の中にある懸念に、どうしても身構えてしまう。
「あなたのような世界で活躍されている指揮者にそう言っていただけるのなら、あずさにとっても光栄なことです。私もずっと、あずさには特別なものがあると信じて来ましたから、本当に嬉しい」
ビジネスの時に多用する笑みを、松澤に向けた。
ネット上の写真で見るより、ずっとオーラがある。その長身の身体が放つ存在感、自分の実力で地位を得たという自信に裏打ちされた揺るぎない視線。何もかもが、俺の胸の奥にあるありとあらゆる感情を刺激する。
「――だからこそ、あなたに言いたいことがある」
その視線の色が変わる。初めて心を見せる、熱の灯った視線だ。