囚われのシンデレラーafter storyー
俺の前で見せるあずさとは全然違う。きりりと引き締まった表情と、ピンと伸びた背中。
出会った頃も、あずさの、可愛らしいのにきりっとした目が好きだった。
バイオリンを手にしたあずさは、本当に美しいと思う。
もちろん、音楽なのだから容姿は関係ない。でも、単なる顔の作りなどの美貌とは違う立ち姿の雰囲気が、人を惹き付ける。舞台で演奏するのを仕事とするのなら、それは絶対にあって損はない要素だ。
聴衆も、あっという間に、あずさの姿に視線を奪われているのが分かる。
指揮者である松澤にエスコートされるようにして、あずさが頭を下げた。
指揮台に立つ松澤がオーケストラに視線を送る。
――チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲。
あずさが演奏するのを聴くのは、これが三度目だ。
一度目は、あずさとの最初の別れの時。あずさがまだ大学生だった。
あの時は、家からも会社からも逃げ出してホールに駆け付けたのだ。
限られた時間で指輪を買って。あずさに将来を誓おうとした。
二度目は、チャイコフスキーコンクールのファイナルの舞台。
自分の置かれている状況であずさに会うことに躊躇があった。でも結局、行かずにはいられなかった。
あずさの渾身のチャイコフスキーは激しく心を揺さぶり、あずさに会えないでいた2年の間重く重く押さえつけ耐えて来たものが全て崩壊してしまった。
人生で、一番泣いた日だった。
そして――。
『最高のチャイコフスキーを佳孝さんの誕生日プレゼントに贈ります』
三度目は、あずさがプロとして世界の舞台に初めて立つこの日。
松澤の持つタクトが揺れる。
オーケストラの旋律が流れ始めた。
舞台の、指揮台のすぐ隣に立つあずさの視線が、会場の遠くに向けられている。意思のある、強い眼差しだ。
これからの盛り上がりをどこか予感させる管弦楽のメロディーが、主役の登場を待ち構える。
そして、松澤の視線があずさに向けられ、あずさも鋭い視線を松澤に向け、松澤の呼吸とあずさの呼吸がぴたりと合わさると、バイオリンの音が会場に響いた。