囚われのシンデレラーafter storyー
地中深くから掘り起こされるような、重厚で深い音。その一音目から、自分の中に衝撃が起きる。あの細い身体から出ているとは思えない。
管弦楽の音の波と一体となって、それでいて、あずさのバイオリンが的確に浮かび上がる。その響き、スピード、何もかもがこれ以上はないというバランスで奏でられている。
たったの半年。コンクールからこの日まで、たったの半年だ。
なのに、コンクールの時と全然違う。
あの時は、あずさの情熱がほとばしり、それが音となって人の心を動かした。
でも、今のあずさは違う。既に成熟した音だ。最大限の効果を発揮するための緩急の付け方が、より緻密に考えられている。だからこそ、あずさの情熱的な音が深くなる。
それは、あずさの研鑽と、そして、間違いなく松澤の力だ。
あずさの持つ魅力を最大限引き出し、それを最大限効果的に聴かせるためのオーケストラのコントロール。
瞬きもせず微動だにせず、舞台を見つめる。動けなかった。
そこにいるのは、紛れもないプロのバイオリニスト。
名門オケをバックに、名のある指揮者のそばで。そこで、堂々と極上の音を響かせるあずさは、俺が10年前に夢見た姿そのものだった。
『私は、これまで自分が得て来た経験、力、人脈、すべてをかけて、進藤さんを育てたいと思っている』
世界中のプロと演奏して来ただろうあの男にそうまで言わせた。
半年でここまであずさを引き上げたことを思うと、その言葉の持つ意味が大きくなって俺の前に差し出される。
『彼女にはあなたがいることは承知の上だ。でも、あなたといるよりも、私といる方がいいと確信している』
何の迷いもない強い眼差しが俺を貫いた。
何十人というオーケストラの音に負けないあずさの力強くも美しい音が迫って来る。
駆け上がって行くほとばしる音が、胸を苦しく締め付ける。
あずさの音は、聴くたびに進化して俺を泣かせるんだ。