囚われのシンデレラーafter storyー
「本当にお世話になりました」
松澤さんを前に、深々と頭を下げる。
「今日のコンチェルト、最高だった。東京の時よりも、更に進化したチャイコフスキーになっていた」
私より20センチ以上高いその身体が私を見下ろす。
いつもは長い前髪がこの日は公演があったから、きっちりと固められていて。いつもよりその顔の輪郭がはっきりと分かる。そして、その表情も。
「松澤さんにそうおっしゃってもらえると、自信になります。松澤さんは嘘をおっしゃらない方だと分かるから。
でも、それもすべて松澤さんのご指導のおかけだと思っています。松澤さんの音楽に対して妥協しない厳しさが、私を引き上げてくださいました。本当にありがとうございました」
改めて頭を下げる
「新人で、プレッシャーも緊張感も半端なものではなかっただろう。それでも、本番に合わせてここまで上げて来られたのは君の能力だ。でも、まだ始まったばかりだ。これから先、もっともっと厳しい世界が待っている。芸術の世界にゴールなんてものはない。常に評価にさらされる。一度評価が下がれば、それを再び上げるのは至難の業だ。それに、若い才能は次々に現れる」
「はい」
夢は叶えて終わりではない。
その先に、さらに茨の道が待っている。
松澤さんも、そうやって、厳しい道を進んで来たのだろう。
「潰れて消えて行く才能は数えきれない。でも、君は――」
見上げた先にある、松澤さんの深く鋭い眼差しが私を強く見つめる。
「どれだけ厳しい道でも、進んでいける。それだけの素質と強さを持っている。私は君のその素質をどこまでも引き出したい。私の持っているものすべてを使ってでも君の才能を守り育て、そして君自身を男として守りたい」
「え……?」
男としてって――。
いつもは鋭く険しい目が熱を帯びて。身体が無意識のうちに強張り始める。
「守りたいだなんて、誰かのことをそんな風に思ったのは初めてなんだ」
先日、一瞬過りはした。
でも、それは私にとって妄想の域を超えないもので。
現実的なものではなかった。
だから、今でも、まだその言葉が上手く頭に入って行かない。
「君が、好きだ」
でも、何かの予感が忍び寄って。
その先は告げないで欲しいと願った言葉が、松澤さんと私の間に浮かぶ。