囚われのシンデレラーafter storyー
「今朝、マトリョーシカに願って来て良かった」
その後、佳孝さんが私に言った。
私がモスクワ土産としてマトリョーシカをあげた時、
一番小さい人形に願いを込めて息を吹きかけ、その人形を中に入れて元に戻すと願いが叶うと、佳孝さんが教えてくれた。
「あずさにプロポーズする時に願いを掛けると決めていたんだ。ちゃんと願いが叶ったな」
あの時から、私にプロポーズしようと決めてくれていたんだ――。
「それに、ネクタイもな」
「あ……っ!」
佳孝さんのネクタイが、私がプレゼントしたものだと気付く。
「絶対に失敗できないことだったから、願掛けに使えそうなものは全部使ったんだ」
そう言って佳孝さんが笑う。
二人でホールを出て、冷たく刺すような夜空の下、並んで歩く。
ホールは私の通う音楽院の敷地内にある。改めて構内を見回した。苦しかった記憶、歯を食いしばった記憶、そんなことが蘇る。
「……佳孝さん。私、決めたことがあるんです」
「なんだ?」
隣を歩く佳孝さんが私に目を向ける。
「ここで、2年間学んで。必死に目標に向かって頑張って育ててもらった。もう、目的は達成されました。だから、音楽院をやめようと思うんです」
「え……っ?」
佳孝さんが足を止めた。
「俺が、プロポーズしたからか?」
「いえ。先月からずっと考えていたことです」
「でも、まだ課程は残っているはずだ。俺は、あずさのしたいことをしてほしいと思っている。結婚してもそれは変わらない。どうにだってできる」
向きあうと、佳孝さんがそう私に訴えた。
「私がそうしたいんです。これからもバイオリニストとして努力して学んで行くことは続いて行く。それは、学校でなくても出来ます。先生も、学校を離れても必要な時には指導してくださるとおっしゃってくださいました」
『師弟関係は続く』と言ってくれた。
「バイオリニストとしての仕事にきちんと向き合いたい。そして、私は佳孝さんの傍にいたい。それも、私にとって大事なことなんです」
佳孝さんのそばにいて、一番近くで支えたいのだ。
「あずさ……」
私は真っ直ぐに佳孝さんを見つめる。
「私と一緒に暮らしてください。二人で、支え合いたいんです」
佳孝さんの目の奥に、まだ躊躇いのようなものが揺れていた。
「佳孝さんがどこに行こうとも、私は一緒に付いて行きます。一緒にいさせて」
革の手袋に包まれた大きな手を握りしめる。
「……分かった」
ようやく頷くと、佳孝さんが私を抱きしめた。
「一緒に暮らそう」
「はい」
その広い背中に腕を回す。
「ありがとう、あずさ」
今度は私が、あなたのために生きたい。
あなたのそばで――。