囚われのシンデレラーafter storyー
「お迎えにあがりました、社長」
センチュリーに戻って、しばらくして、佳孝さんの正式な代表取締役就任が決まった。佳孝さんの運転手を、あの頃と変わらず細田さんが勤めてくれている。
この日、社長就任式が行われる。
「行ってらっしゃい」
佳孝さんを見送るため、玄関先まで出て来た。
この日、佳孝さんがしているネクタイは、初めて佳孝さんの誕生日をお祝いした時にあげたものだ。
その後にも、ネクタイなんて何本も買っていたのに、
『少しでも長くもたせるように、使うのを我慢している』
と言ってずっと大事にしてくれていた。
”初めて贈られたものであり”、”プロポーズにも成功した”縁起物なのだそうだ。
いつ見ても、ピンと伸びたスーツ姿の背中。
何歳になっても、その体型は変わらない。
「お父さん、いってらっしゃい」
子どもたちもそう口にすると、佳孝さんがしゃがんで子どもと目線を合わせた。
「いってくるな。二人とも、気を付けて学校に行くんだぞ」
「はい!」
元気な返事をする二人の頭を交互に撫でると、再びその身体を起こした。
「あずさ、行って来る」
いつまでも変わらずに『あずさ』と呼んでくれるのが、密かに嬉しかったりする。
「細田さん、よろしくお願いします」
「はい、奥様。奥様も、今日、演奏会があると聞いております。きちんと時間までに社長を会場までお送りしますので、ご安心ください」
そう言って優しく笑う細田さんに、佳孝さんが言った。
「細田さんも、もちろん聴いて行かれるんですよね?」
「はい。おそれながら、奥様のファンですので」
細田さんがアハハと笑う。
佳孝さんが車に乗り込むと、閉じた後部座席のドアの窓が開いた。
「今日の演奏会、頑張れよ」
「はい。あなたも、挨拶、頑張ってね」
私を見上げる佳孝さんに笑顔で答える。
車が見えなくなるまで見送った。
「さあさあ、二人も早く学校に行かないと遅れるよ」
「いってきまーす」
元気にランドセルを背負って駈け出していく。
「だからって、走らないの!」
「はーい」
もうこっちを見ていない。
溜息を吐きつつ2つの背中を見届けた。
さて、私も準備をしないと――。
佳孝さんがいて、
子どもたちがいて。
これから先もずっと、あなたの隣で、幸せでいるからね――。
【完】