囚われのシンデレラーafter storyー


 私が、大学を卒業して入社したのが、外資系ホテルクラウングループの日本法人だった。
外国語学部を卒業したこともあり、入社当時からずっと海外勤務を希望していた。海外で颯爽と働く自分を想像しては胸を躍らせて。
でも、その希望が叶ったのが、そんな夢や希望は薄れ現実を見るようになっていた入社7年目の30歳になったばかりの時。

最初は、喜びよりも戸惑いの方が大きかった。

でも、その戸惑いはすぐに期待に変わった。

「……え? 西園寺って、あの西園寺?」
「そうみたい。あの御曹司がうちのパリ法人にいたなんて、全然知らなかったよね。有紗、経営企画部に赴任するんでしょう? まさに、そこの部長――マネージャーらしいから。あなたのボスになる」

同じグループとは言え、各国のホテルとの関係はそう深くない。それぞれが単独で経営しているに近い。
だから全然知らないでいた。

 赴任が決まって、まず、住まい探しと挨拶のためパリに向かった。

「――野田有紗です。よろしくお願いします」

通された経営企画部長室。

「西園寺です。よろしく」

目の前に現れたのは、確かにあの西園寺佳孝だった。

でも――。

ここはビジネスの場で、私はもう中堅と言われる年齢で。
それなのに、瞬きもするのも忘れてじっとその姿を見てしまった。
いや、見ようとして見たのではない。無意識だ。完全にこの視線を奪われた。
それを、”見惚れる”と言うのかもしれない。

だって。
この人がいい男だということは、テレビや雑誌で見て知っていたけど。でも。

だって、全然違うんだもん――。

実際に相対して分かる滲み出る気品とオーラ。それはこうして実際に会わないと分からない。

ここで、この状況で、舞い上がらない女がいるだろうか――?

「――何か?」
「あっ、い、いえ。申し訳ございません」

眉一つ動かさない視線が、少し怪訝さを滲ませて私を見る。

「来月から、お世話になります。慣れない環境でご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、何卒、よろしくお願いします」
「フランス語は?」
「……え?」

表情も変わらない。ただ淡々と言葉を掛けられる。

「あ、は、はい。日常会話は問題ないのですが、まだ勉強中です」
「ここで仕事をする以上、言葉なんて出来て当たり前のもの。そこで無用な労力を割かずに済むように準備しておいて。労力を割くべきことは山ほどある」
「は、はい」

低く、ドライな声が妙に耳に残る。

 それが一か月前のこと。そして、実際に赴任して、働き始めて。

 センチュリーの社長の座が決まっていて、あの当時も常務取締役だった。テレビの向こうに見ていた存在が、本当だったらこんな風に近くで一緒に働けるような人ではなかった存在が、視界の入る場所にいるのだ。

 何よりあの絶世のイケメンが、今では私の上司で。毎日顔を合わせ、言葉を交わす。

これが、舞い上がらないで、いられますか――?

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