囚われのシンデレラーafter storyー


 とは言っても、舞い上がってばかりもいられなくて。
 
 初めての海外生活、初めての海外勤務。慣れない文化、慣れない環境。周りはほとんどがフランス人。チーフ職にある私には、部下のアシスタントが2名いる。

 毎日が、それはもう、気が狂いそうになるほどに必死だった。言葉も、どれだけ準備をしてきたといってもネイティブじゃない。砕けた言い回しや、難しい単語なんかにはつまづいたりする。こういう時、同じ職場に日本人が一人いるだけで心強いと思ってしまうのは仕方ないのではないか。

 でも、そんな甘さも無残に打ち砕かれた。
 
 業務報告で直接、部長――マネージャーの部屋に訪れた時。少しホッとしたように日本語を口にしてしまった。

「――仕事上では、日本語を使わないように。ここは、日本じゃない。君も他の社員と同じ立場だ」

まるで、『俺を頼るな』と言わんばかりの牽制と突き放し。

「申し訳ありません」

それ以降、西園寺さんに日本語はなんとなく使えなかった。

 それにしても、どうしてあんなに流ちょうなフランス語が使えるのだ。フランスで勤務した経験でもあるんだろうか。

”マネージャーは、いつここに来たんでしたっけ”

部下のフランス人女子スタッフに聞いてみる。

”4カ月くらい前だったと思います。日本に有能な人材がいるって、上の方が声を掛けたみたいで”

そうか。ここでは、日本ほど西園寺さんの事情は知られていなくても不思議じゃない――。

それが、彼にとっては居心地がいいのかもしれない。例え、これまでより低い役職で働くことになっても。

”どれほどなんだろうって、みんな少し半信半疑でいたんですけど。今では、彼がどこの国の人間かとかもう関係ないですよ。あの椅子に座っていることに誰も疑問はないです”

2年前に想像していた通りだ。
こんな、完全アウェーの環境でスタッフの信頼を得られている。御曹司という立場で日本でぬくぬくと守られていた人間なら通用するはずもない。

能力は、本物ということだ。

”アリサ、今日、ランチでもどう?”

背後から、同僚の男性スタッフが私に声を掛けて来た。

”ありがとうございます。ぜひ”

ここに来て一週間。そこそこ、受け入れてもらえている実感はある。

”――アリサは美人だから。他のスタッフが陰で言ってるよ。綺麗な人が来てくれて嬉しいって”

隣に座る男性がひそひそと私に耳打ちする。

”そんな風に言っていただいて、光栄です”

謙遜するのも日本人ぽくていやだし、自信満々に答えるのも違う。
だから、にこりと笑ってそう答えておいた。

容姿はいいに越したことはない。
それはおそらく万国共通。

これまで、自分の容姿で得したことがないと言ったら嘘になる。
それに、自分ではコンプレックスだったけれど、153cmという低い身長が特に外国の男性にはウケがいい。
ここに来て、何かと親切にしてもらえている。それが救いだ。

< 83 / 279 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop