囚われのシンデレラーafter storyー
その日の午後、赴任の挨拶をするため、西園寺さんと一緒に”クラウンホテル・パリ”に行くことになっていた。
マネージャーである西園寺さんが直々に同行してくれるのは、おそらく、同じ日本人だから。こういう場合は、その方が適切だと西園寺さんは考えたのだろう。現場は、オフィスと同じくらい大事な仕事場になる。
ホテルスタッフたちに、私を紹介してこれから円滑に仕事を進めるため――。
本当に必要なことには手を抜かないわけだ。
オフィスからホテルまでは徒歩10分程度。パリ市内の通りを共に歩く。こうして二人だけになるのは初めてで、どうしたって緊張する。
”うちは、国内利用者は少ない。ほとんどが海外からの客だ。北米、次いで日本人の利用が多い。そういう点でも、日本人の好むホスピタリティを取り入れている”
”はい”
二人しかいないのに、容赦なくフランス語で話して来る。
”サービスのクオリティに関して言えば日本は世界一だ。その日本のサービスの最大の売りは何と言ってもきめ細やかさ。それをスタッフに徹底させる。資本が米国でも、そこを追及して間違うことはない”
”はい”
”――それから”
ネイティブ並の速さで喋るから聞き取るので精一杯。それに、歩くのが早い。
ただでさえ背が低い私は、付いて行くのが大変だ。何をそんなに急いでいるのかと思う。
”君が気付いた現在のホテルの問題点を、帰社後に指摘してくれ"
"今日一日で、ですか?"
"そうだ"
1日どころじゃない。挨拶をする場として設けられた時間なんてせいぜい1時間程度だろう。
何とも言えない緊張感で、今日は挨拶することしか考えていなかった。
"何か問題でも?"
動かない表情から向けられる視線は、それだけでひんやりとしたものに感じる。
”いえ。分かりました”
――本当に冷たいわけじゃない。
それは事実なのかもしれない。でも。
仕事に対して厳しい人なのは間違いない。
見上げるその横顔から放たれる視線は常に鋭い。完璧すぎる造形が冷たさを感じさせる。それが、近寄りがたさを醸し出す。
少しの隙も見せないその雰囲気も、人間味というものを遠ざけている気さえする。