春の欠片が雪に降る





***


「今日から正式にうちに配属になった吉川さん」

 フロア奥にある支店長のデスク前に立つほのり。そのまわりをぐるりと数名が円を書くように立つ。

 自己紹介だとか挨拶だとか、こんなふうに注目を集める瞬間は昔からどうにも好きになれない。
 けれど、そんなことを言っていては生きていけないので。いつの間にかそつなくこなすようになっていた。

「吉川ほのりです、関東支店から来ました。未経験の営業職ですのでご迷惑をお掛けするかと思いますがよろしくお願いいたします」

 定型文な挨拶と、軽いお辞儀の後に隣を見る。
 
 ニコリとも笑わず立っているのは、ここ関西支店の支店長である中田だ。
 
 カクっとした長方形の縁なしメガネ、ほんのり白髪交じりの黒髪は少しだけ長くて、前髪はセンターで無造作に分けられている。
 線が細く身長はほのりよりも少しだけ低いかもしれない。
 そして、どこか冷たそうな印象。

 これまでの上司が明るく気さくな人だっただけに少し戸惑う。 
 どんなふうに関わるのが正解なのかを考えなくては。

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