春の欠片が雪に降る
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もちろん事務にも辛さはあるが、入社以来座り仕事が多かったほのりに外回りはやはり堪えた。
足腰痛い隣でピンピンと軽やかだった木下は……それこそ若さなのか慣れなのか。
「吉川さん、大丈夫です?」
関西支店の入るビルに到着し、出発時よりも明らかに歩くペースの落ちたほのりに対し木下は身を屈めて問いかける。
「いやぁ、やっぱ若いよね木下くんは」
ははは、と自嘲したなら木下は眉を寄せた。
「慣れてるだけです」
「……体力つけなきゃね」
「……若いって、言われんの、なんかあんま嬉しくないっす」
(若さが嬉しくないと?)
そういえば、母はほのりが"もう歳だわ"なんて嘆くたびに"嫌味か"などと機嫌を悪くする。
その気分を何となく味わってしまったことが、少し悲しい。
(なるほど、お母さん、禁句なんだね。もう言わないわ)
珍しくムスッとしたままの木下のスマホから着信音が鳴り響いた。
「あ、ちょっとすいません」
短くほのりに断った後、木下がエレベーター前で話し込んでいた為、ほのりは一人自社のフロアへ向かう。
「おう……お前か」
入り口のドアの前でほのりを出迎えたのは瀬古だ。
何となく身構えてしまう自分が悔しい。
「お、お疲れ様です」
「……お疲れ」
ほのりは首を傾げた。
何やらいつもの元気……と、いうかネチっこさがない。
圧もない。
静かだと静かで気持ち悪いものだ。