春の欠片が雪に降る



***

 もちろん事務にも辛さはあるが、入社以来座り仕事が多かったほのりに外回りはやはり堪えた。
 足腰痛い隣でピンピンと軽やかだった木下は……それこそ若さなのか慣れなのか。

「吉川さん、大丈夫です?」

 関西支店の入るビルに到着し、出発時よりも明らかに歩くペースの落ちたほのりに対し木下は身を屈めて問いかける。

「いやぁ、やっぱ若いよね木下くんは」

 ははは、と自嘲したなら木下は眉を寄せた。

「慣れてるだけです」

「……体力つけなきゃね」

「……若いって、言われんの、なんかあんま嬉しくないっす」

(若さが嬉しくないと?)

 そういえば、母はほのりが"もう歳だわ"なんて嘆くたびに"嫌味か"などと機嫌を悪くする。
 その気分を何となく味わってしまったことが、少し悲しい。

(なるほど、お母さん、禁句なんだね。もう言わないわ)

 珍しくムスッとしたままの木下のスマホから着信音が鳴り響いた。

「あ、ちょっとすいません」

 短くほのりに断った後、木下がエレベーター前で話し込んでいた為、ほのりは一人自社のフロアへ向かう。

「おう……お前か」

 入り口のドアの前でほのりを出迎えたのは瀬古だ。
 何となく身構えてしまう自分が悔しい。

「お、お疲れ様です」

「……お疲れ」

 ほのりは首を傾げた。
 何やらいつもの元気……と、いうかネチっこさがない。
 圧もない。
 静かだと静かで気持ち悪いものだ。
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