春の欠片が雪に降る
まさかの再会、はじまりの朝
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システム開発のメーカーで働く吉川ほのりは、いつのまにやら勤続十年。数年間彼氏ができないまま、もちろん独身。
大きければ中学生の子供がいる友人もいれば、仲の良かった会社の後輩は結婚したり。
さらには、この歳までなると『結婚はまだなの?』なんて聞いてくる失礼な人だってそれなりに出てくるわけで。
そんないくつもの理由が重なった焦りからの、合コン婚活ざんまいの毎日に嫌気がさした……のが、一番の理由になってしまうのだろうか。
何度も繰り返すが三十二歳。
上司からの大阪転勤の話に、行きますと即答してしまった。
とは言っても何も考えず頷いたわけではない。
数年前から己の未来を予感してキャリアチェンジのために勉強はしていたし、上司に何度も相談をして、本社で受けた総合職変更の面接と試験には合格できていた。 そして、願わくば全くなじみのない土地に行って、やり直せればいいなと思っていたのだ。
羨んだり妬んだり、誰かに頼って生きようとしたり。
そんな他力本願な自分と決別したかった。
ひとりで生きていけるだけの財力と、自信が欲しかったのだ。
安直だけれど、環境が変われば何かが変わるだろうと。その考え自体が他力本願だと言われると、それまでになってしまうのだが。
(ってさ、意気込んできたわりに……やだな、もう、胃が痛いし心臓バクバクだし)
満員電車に揺られながら、ほのりは胸に手を置いた。
ジャケットの上からでも伝わってきてしまいそうな鼓動を感じたから。
先月のうちに住む場所の決定や、新しくお世話になる上司への挨拶は済ませた。
そこで、足を止める。
先月ここに来た時といえば……。