若旦那様の憂鬱
「そろそろ花を返さなきゃ、女将さんが心配しそうだな。」
正直言えばもっと一緒に居たいと思うが、そう言う訳にもいかないと、おもむろに柊生は着替えを始める。

花は慌てて準備室を出ようと襖に手をかける。

「花、そっちは寒いからここにいた方がいい。直ぐ着替えるから。」
そう柊生に止められ、仕方なく背を向け座り直す。

「もう俺達は兄妹じゃない。
これからは彼女として扱うからそのつもりでいて。」
静かにそう諭す。

「…お手柔らかに、お願いします…。」
そう花が小さい声で呟くから、柊生はふっと笑って、

「何だよそれ。」
 可愛いな、と柊生は思う。

耳を真っ赤にして後ろを向いて俯く花の、どんな仕草も可愛くて仕方がない。

今まで、心が揺れ動くのを制御する為、出来るだけ見ないように、ワザとそっけない態度をとってきたけれど、
 
愛しさは、もう隠す事も出来ないほど止めどなく溢れ出す。

背広に素早く着替えて身支度を整え、

「送るよ。」

と、手を差し伸べる。

少しの間、花が戸惑うように柊生の手を見て瞳を合わせてくるから、

「早く、手貸して。」

そう促して、そっと出された華奢な白い手を握り返し立ち上がらせる。

雨戸を閉めて戸締りをしている間も手を離さずにいた。
何も言わずにちょこちょことついてきてくれるから、可愛すぎて思わず笑みが溢れる。

「柊君、しばらく弓道は続けるの?」

「ああ、そうだな。
感が取り戻せるまでは続けようかな。」

「大会とかまた出ればいいのに。」

「花を放っておいてまで弓道をやる気はないよ。」
そう、柊生は爽やかに笑う。

「柊君の弓道着姿、好きなのにな。」
花は残念そうな顔をする。

「また、練習を観にこればいい。」
と思わず誘うが、邪心が邪魔をしてしばらくは通い詰める事になりそうだなと、柊生は思いながら1人苦笑いする。
< 109 / 336 >

この作品をシェア

pagetop