若旦那様の憂鬱
「ちょっと緊張しただけだよ。ごめんね待たせちゃって。」
車の時計を見ると6時半を過ぎていて驚く。
「花としては、よく頑張った方だ。
もっと時間がかかってたら、飛び出して行こうかと思ったけどな。」
にこりと笑う柊君の目は笑っていない。
「で?泣きそうなのは緊張の為だけか?」
柊君の鋭い追求は終わらない…。
「…良く、分からないけど、同情…しちゃったのかな?」
私はそう、軽く言って苦笑いする。
「花は優し過ぎるから、相手の気持ちに同調しやすい。だから心配だったんだ…。でも、流されずに俺の元に帰って来てくれたから良かった。ありがとう。」
私は、ぶんぶんと首を横に振る。
柊君が待っていてくれなかったら、もしかしたら流されてたのかもしれない…。
赤信号で車が止まり顔を覗きこまれる。
「まだ、不安そうな顔してるな。思ってる事、全部吐いてスッキリしろ。後に引き摺らない方がいい。」
心配そうな顔を向けてくる。
今の柊君は兄の顔?それとも彼氏の顔?
そう思いながら、私は下唇を軽く噛み、頭を整理しながら話し出す。
「前嶋さん、以前に私に会ってたらしくて…
旅館で通りすがりで、私がたまたまペンを拾って渡したんだって…。言われるまで私ちっとも気付かなくて…。」
「運命の出会いだって言われた?
それで同情して、悪い事したなって気分になった?」
どうして分かるの⁉︎
びっくりして運転する柊君の横顔を見つめる。
「花の気持ちは手に取るように分かりやすい。」
フッと柊君が困った顔で笑う。
「花は昨日、俺の気持ちに応えてくれたのは
同情から?」
「違う!」
私は必死に首を横に振る。
「良かった…もしかしたら昨日が無かったら、花を手放さなきゃならなかったのかもな。
でも、運命は必然なんだ。
花が昨日、俺に会いに来てくれた事は運命であり必然だ。だから花が思い悩む必要は無い。」
柊君は優しく微笑む。
「運命は必然?」
どう言う事かよく分からない…。
「そう、必ずそうなるようになってるって事だ。
花が妹になったのも、彼に会うのが今日だったのも、全部必然なんだ。俺が花を好きなのも必然だ。」
「もしかしたら、彼はもう少し早く告白していればって、悔やんでるかも知れないけど。
今更思ったところで遅いだろ。
だいたい、運命だったらペンを拾った時に、花が何か感じるはずだ。」
ああ、そうか…。
柊君に初めて会ったあの日、世界が輝いて見えたのを思い出す。あの瞬間は確かに、柊君を好きになる運命だったんだと。
「そうだね…。タイミングも含めて運命なんだね。」
腑に落ちてフッと力が抜ける。