若旦那様の憂鬱
「よし、せっかくだから恋人らしく、夜景でも見て帰るか。花、ちょっと寒いけど大丈夫か?」

こくん。と花は頷く。

柊生は嬉しそうに笑って車を走らせた。

恋人…かぁ…花は不思議な気持ちでその心地良い響きに浸っていた。

「花はどこか行きたい所はあるか?」

「行きたいところ?」

行きたい所…デートするならってこと?
どこだろう?考えた事も無かったな…

花は少し考え思い付く。

「行きたい所…私、柊君のお家に行ってみたい。ずっと、どんな所に住んでるんだろうって思ってたから。」

「…うん、なるほど…。」
柊生はそう言ってしばらく考え込む。

さっき、あれほど分かりやすく男心を話したつもりだったが…。
花には伝わって無いな…。

「花、赤ずきんちゃんの話は知ってるよな?
赤ずきんちゃんは、お婆さんの家に行ってどうなった?
俺としてはいつでも来てくれていいよ。
むしろ大歓迎だけど…来る時は覚悟を決めて来て欲しい。俺だって、オオカミになり得ないからな。」

そう言って、チラッと花を見る。
伝わっただろうか…。

花は、柊生の言葉の意味を考える。

赤ずきんちゃんは確か…オオカミに食べられて………?

えっ⁉︎

考えに行き当たって、固まり顔が真っ赤になる。

赤信号で車が停まり、柊生は静かになった花の様子を確かめる。

俯き、真っ赤になった耳が可愛いなと思う。

「やっと伝わったみたいだな。気を付けろ。男はみんなオオカミなんだ。…今まで無事だった事が不思議なくらいだ。」

柊生は、サラッと花の真っ赤な耳に触れて、再び車を走らせる。

「他に行きたい所は?」

柊生は、固まって動かなくなった花の心を溶かす為に、もう一度聞いてみる。

「……映画館とか…水族館、テーマパーク、公園…。」

花は一生懸命、デートスポットと言われる場所を考える。

柊生は笑って、花の頭をポンポンと優しく撫ぜる。

「分かった、全部行こう。
うちは旅館だから休みが無いし、家族旅行とか今まで何処にも行った事なかったよな。
俺も、そう考えると行った事ない所ばっかりだ。」

「康君も…。」

「康生は連れて行かないぞ。
これはあくまで、俺と花のデートなんだから。家族旅行じゃ無い。」

被せ気味にそう言い聞かす。

柊生は思う。

花の頭の中は兄妹の延長上に俺がいて、男としての俺はまだ未知なんだ。

だから、どこか安心されてる所がある。
安心と信頼は大事だけど…

これは時間がかかりそうだな…

と思う反面、男としてどうやって近付くべきかと怖くもなる。

嫌われたら最後だ。
慎重にいかないと、と自分に言い聞かせる。
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