若旦那様の憂鬱
すると、柊生が花の目を手で覆い。

「俺がいいって言うまで目を瞑って。」
そう言ったかと思うと花を抱き上げ歩き出す。

「しゅ、柊君、怖いよ。」
花は目をギュッと瞑って柊生にしがみつく。

鼓動はドキドキと高鳴り始める。

「はい、到着。花、ゆっくり目を開けて。」
そう言われるから、花はそっと目を開ける。

「うわぁ……。凄いきれい…。」

眼下には街並みがキラキラと光りを集めて、まるで宝石箱のように輝いていた。

花はしばし言葉を無くす。

柊生に抱き抱えられている事も忘れて、夜景を堪能する。

「感動した?」

声が近くてびっくりして柊生を見る。

「うわぁっ!」

と、その近さに驚き落ちそうになる。

柊生は面白そうに笑いながら、

「綺麗だな。
あれが俺達の住んでる温泉街だ。」

そう言って、夜景に目を戻す。

「うん。綺麗…。」

この距離に緊張しながらも、花は夜景を目に写す。

しばらく見入っていると、

トン。と花を下ろして柊生が手を合わせて、まるで願い事をする様に目を閉じる。

「花が変わらず、ずっと俺の側にいてくれます様に。」

「えっ、お願い事?叶うの?」

「さぁ、何となく。」

花も真似して手を合わせてみる。

「柊君がオオカミさんになりません様に。」

ハハッと笑って柊生は言う。

「…それは難しい願いだな…。
花が嫌がる事はしない。花が大事だから失いたく無い。……嫌われたら生きていけない。
…だから、全ては花次第だ。」

心の内を見せるようにそう言って、花を後ろから抱きしめる。

「寒く無いか?」

こくんと花が頷く。

「耳赤いな。もうちょっとしたら車に戻ろう。」
花の耳に両手を当てて温めてくれる。

耳が赤いのは恥ずかしいからだよ…。と、花は心で思う。

「愛してる。花は誰にも渡さない。」

ギュッとまた後ろから抱きしめられて、鼓動が跳ねる。

私だってギュッてしたい。
花はそう思って振り返り、柊生の背中に腕を回して抱き付いてみる。

自分の鼓動なのか柊生の鼓動なのか分からないけど…。

心地良いリズムと温もりでホッとする。

「私も、柊君大好き。」

柊生の胸に顔を埋めながら、そう呟いてみる。

あっ…、柊君もドキドキしてる?
明らかに自分意外の鼓動が聴こえてくる。

言うのは平気なのに、言われるのは恥ずかしいんだね。そう思って、柊生の顔を仰ぎ見ようとするのに、頭をギュッと押さえられて顔を上げられない。

「見るな…。」
柊生の呟きが聞こえてくる。

くすくすと花は笑いながらしばらく、柊生の腕の中で幸せに浸っていた。
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