若旦那様の憂鬱
柊生が連れて行ってくれたのは隣り街の映画館で、ここなら人の目を気にせず歩けると花は内心ホッとする。

手を繋いで映画館に入る。

「花、カップルシート席だって。せっかくだからここにしよう!」
柊生が意外にも楽しそうに花を誘ってくるから、ちょっと押され気味になりながら、うん、と頷く。

「カッ、カップルシートって何?」
今まで、家族以外の男子とデートになんて行った事のない花にとっては、未知の体験でビクビクしてしまう。館内通路の近未来的な薄暗い照明にも慣れなくて、恐る恐る歩く。

「お化け屋敷じゃ無いんだから。」
と、柊生はひたすら笑う。

「花は暗闇が苦手なんだな。怖かったらどこでもいいから俺に掴まって。」
そう柊生が言うから、花は繋いだ手と反対側の手で柊生の腕にしがみ付く。

しばらくして柊生がおもむろに言う。

「…花、これは拷問か何かか…?」
と、怪訝な顔をされる。

何の事?花は分からなくて不安な顔で見上げる。

「無自覚過ぎも程があるだろ…。胸が当たってるから……俺は煩悩と闘わなくちゃいけない。」
そっぽを向いて額に手を当て、そんな事を言うから、花はびっくりして退く。

「ご、ごめんなさい…。」
と小さく謝る。

この無自覚でふわふわなお花畑の住人に、俺はどれだけ理性を試させられるんだろうと、頭の中で白旗を上げる。

離れ過ぎも寂しいから、仕方なく花の肩を抱いて歩く。

頼むから俺の気持ちを振り回さないでくれ。
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