若旦那様の憂鬱

「すいません、お祖母様…。正座に慣れてなくて。」
花は恥ずかしくて、和菓子を食べながら、しきりに祖母にお詫びを言う。

そんな花を祖母は決して咎めず、優しい微笑みを浮かべ嬉しそうに、

「気にしないでいいのよ。最近の子は正座なんてする機会が無いんだもの、仕方が無いわ。」
そう言って、気にも留めない。

柊生は子供の頃、正座が長く出来なくて、怒られた覚えがあったのだが…。

まるで別人の様に花には甘い祖母を見て、内心驚いていた。

話は変わり婚姻届の事になる。
「書類なんだから婚姻届にも印鑑がいるのかしら?」
祖母が素朴な疑問を投げかける。

確かにな、と柊生も思い早速スマホで調べてみる。
検索してみると、印鑑は勿論のこと証人として、2人に書いてもらう欄があると言う事が分かる。

1人は祖母に書いてもらうとして、もう1人は?と考える。

形に残る大事な書類だし、まさか、お手伝いの森さんに書いてもらう訳にもいかない。

「証人欄を書かせるために正俊を呼びましょうか?」
祖母が言う。

「父は今日、仕事です。」
さすがに30分かけて名前を書く為だけには呼べないと柊生は思う。

ふと、柊生は他の事が気になり出す。

「花、花の本名は何だ?森下は女将さんの旧姓なんだろ?」

花は思う。
父と離れ3歳からは森下を名乗っていた…
けれど、その前の名前がまったく思い出せない。3歳までの記憶はほとんど残っていない。

少し考えたが、
「ちょっとお母さんに聞いてみるね。」
そう言って、スマホをバックから取り出し電話する。

「お母さん、あのね…。」
今までの一部始終をかいつまんで話し、今から婚姻届を出す事になったと伝える。
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