若旦那様の憂鬱
『さすが、大女将ね。仕事が早いわ。
花の苗字は宮本よ。宮本花でいいと思うわ。
それよりも印鑑が必要よ。花の分は市役所の近くで買えるはずだから。
柊生君のは仕事の印鑑で良ければ、今から誰かに届けさせるわよ。』

2回結婚しただけあって詳しいなぁと、花は妙に納得する。

柊生に電話を変わり、印鑑の在処を母に伝えてもらう。

「後、お願いがあるんですが僕と花の分の着替えも一緒に頼めますか?
さすがに着物で市役所に行くのは目立ちそうなので。」

『分かったわ。康生君が今起きて来たからお願いしてみるわね。』
そう言って電話が切れる。

「康生が、印鑑と着替えを届けてくれるようです。」
と、柊生が祖母に伝える。

「そうね。花ちゃんも慣れない着物で疲れちゃうわよね。証人欄は力不足だけど、康生にお願いするしか無いわね。」
仕方が無い、と諦めるように祖母はため息を吐く。

「花の印鑑は市役所に行く前に作ればいいから。」
と、柊生は花を安心させる。

「ありがとう。…今まで全部私の名前は偽物だったんだね…。」
何も知らなかったとは言え、嘘をついて生きて来たんだと思うと罪悪感を覚え、気持ちが落ち込んでしまう。

「花、そんな事気にしなくていい。
花は花なんだ。苗字が何であろうと花自体は変わらない。」
柊生がそう花を元気付ける。

「そうよ。花ちゃん、芸能人みたいに芸名があったと思えばいいのよ。苗字なんて大した事ではないわ。」
祖母もそう言うが、気休めでしか無い事は分かっている。

良くもまぁ今まで気付かれずにここまで来たと、息子の失態に祖母自身も気落ちしそうだ。

場の空気が重くなるのを感じる。

祖母は常々、花は不思議な子だと思っていた。

花が笑えば、その場の空気が晴れ渡るように明るくなる。

花が悲しめば、その場の空気が曇り空のように重くなる。周りにいる誰もが、花を励ましその心を守らなければと庇護欲が湧き上がる。

本当に花のような子だと思う。

決して派手なバラでは無いけれど、心が澄んでいて綺麗で、一輪の花がそこにあるだけで気持ちが安らぐし、枯れてしまうと寂しくなる。

花を例えるならば霞草のよう。

ひっそり咲いていながら、それが無いと主役は引き立たず物寂しさを感じてしまう。
そんな無くてはならない存在なのだと。
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