若旦那様の憂鬱
祖母はそう思いながら、
少し2人きりにさせてあげようと席を立つ。

「ちょっと野暮用を思い出したわ。
森さんが帰って来るまで寛いで待っていてね。」

花と柊生は2人っきりになって、
やっとホッと気が抜ける。

特に柊生は、
鬼と対峙していたと言っても過言ではないくらい、気持ちを張り詰めていた。

祖母の前では、決して隙は見せないし所作も完璧で無くてはいけない。

長年身に付けてきた一橋の若旦那として、
恥ずかしくない男でいなければならないと言う使命感。

そう教え込んで来たのが他でもない祖母であるのだから。

祖母を鬼だと表現した柊生にとっては、
今日の花に対しての祖母の態度は驚きでしか無かった。

「花は凄いな…。」

だからつい、そんな言葉が口を付く。

花はお茶を飲みながら、
えっ?と思って柊生を見つめる。

あっ!と思って、姿勢を正して柊生に
「お疲れ様でした。」
と、頭を下げる。

柊生も気の抜けた顔でフッと笑って、
「花もお疲れ様。」
と、花の頭を撫ぜる。

「柊君の挨拶完璧だったね…、
まるでセリフみたいで聞き入っちゃった。
前から考えてたの?」
思っていた事を花は口にする。

「まさか。咄嗟に思いついた言葉を並べただけだ。」
そう言って笑う。

「そうなの?凄いね。私なんて緊張しちゃって頭真っ白だったよ。」

「俺は花の方が凄いと思うけど、
あの祖母を目の前にしてフラットで話せる人はそういない。だから、内心驚いた。
あんな穏やかな顔して笑う人だったのかって、今まで知らなかったよ。」

「それはきっと、…私がよそ者だからじゃないの?」
一橋家に来てからずっと感じていた疎外感、

花にとって義父と祖母の優しさは、
そんな疎外感を感じざるにはいられない。

出来れば、柊生や康生のように厳しく接してくれた方が嬉しかったと思うぐらいだった。

「そうか?俺はむしろ、
それほどまでに花が大切なんだと思ったけたど。」

「そうなの?」
花は瞬きをして驚く。

「父にとっては初めての娘、
祖母にとっても初めての孫娘だろ。
真綿に包んで持て囃しても、
恥ずかしくないくらい花には甘くなってしまうんじゃないか。」
そう柊生は苦笑いする。

「今日だって、
俺は平手打ちぐらいされる覚悟で来たんだ。まさか、早く籍を入れろなんて言われるとは思わなかった。
相手が花だからそうさせるんだと思う。
これから、ここに来る時は花を連れて来ようと思った。」 
そう言って、屈託なく柊生が笑う。

「柊君が怒られる時は、私も一緒に怒られるよ。」
花は本気でそう思う。

「いくら大女将でも、花に平手打ちなんてさせないから。」
< 205 / 336 >

この作品をシェア

pagetop