若旦那様の憂鬱
「着物苦しいのか?腰紐だけでも解いてやろうか?」
柊生が心配して花の顔色を伺う。

花はさっきから緊張のせいか胃が痛くて、無意識にお腹を摩ってしまっていた。

「そんな事出来るの?
甘いもの食べたせいかさっきから胃が痛くて…。」

「分かった。ちょっと触れるぞ。」

そう言って、ソファに座ったままの花に近付き、帯の中に手を差し入れる。

急接近した柊生に緊張して花は姿勢を正す。

柊生は飾り帯を難なく引き抜いて取り除き、腰紐に指をかける。
ふと目を上げると花との近さに、思わず煩悩が頭をもたげる。

「ヤバい……これ以上は無理だ。
花に触れたくて理性が保てなくなりそうだ…。」
そう小声で告げて、スッと花から離れる。

成人式の日、どうして俺は帯まで解いて平気でいられたんだろうか。
あの時はまだ兄の気持ちでいられたからか…。

ただの男になった今、着物までも脱がしてしまいたいと言う煩悩が邪魔をして、冷静ではいられない。

柊生は気持ちを抑える為、立ち上がり花から距離を取る。

ああ、もう直ぐ限界だ。

花に触れたくて抱きたくて、どうしようも無い煩悩で自分を制御出来そうも無い…。

それでも不服そうな顔で花が見てくるから、仕方なく柊生は口先だけで指示をする。

花は自分で腰紐を手繰り寄せ、なんとか引き抜く事に成功した。
胃の圧迫が少し楽になってホッとする。

「花、本当に今日、婚姻届を出してもいいのか?」
祖母に逆らえない気持ちが少しでもあったのなら、中断すべきだと思う。

花の気持ちがまだ追いついていないのなら、無理強いは出来ない。

「うん。お祖母様もああ言ってる事だし、この流れに乗る方が楽しそうだと思ったの。
それにもう、深く考えるのは辞めにしたの。」

「確かに、一生忘れられない思い出になりそうだ。」

2人目を合わせて笑う。
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