若旦那様の憂鬱
「お待たせしました。」

そのタイミングで花も服に着替えて戻って来た。
淡い桃色のニットに白い膝丈のフレアスカートが可愛くて柊生は思わず微笑む。

「えっ?柊君なんか雰囲気違うね。可愛い。」
花が柊生を褒める。

可愛い⁉︎………とは?
怪訝な顔の柊生をよそに、康生が自慢げに言う。

「だろ?本人は不服そうだけどさぁ。結局、兄貴は何を着たって似合うんだよ。若返ってむしろ花と釣り合うじゃん。」

「俺はそんな年寄りじゃない…。」
康生は褒めたつもりだったのに、逆に柊生の反感をかう。

「もういい…。
俺達はこれから市役所に行くから、お前は好きに帰れ。」
柊生は完成した書類を大事そうにファイルに挟み、カバンに入れる。

祖母が戻って来て、
「振袖はこちらで陰干ししておくから、
また時間がある時に取りにいらっしゃい。」
と花に伝える。
花はペコリとお辞儀して、
「ありがとうございます。また、遊びに来ます。」
と祖母にお礼を言う。

「では、私達はそろそろ書類を出しに行って来ますので、これで失礼します。」
柊生は祖母に頭を下げ、花もそれに続く。

「なんだか柊生のその格好……違う人みたいね。」
祖母がそんな事を言うなんて、と柊生は思う。

「コイツの服のチョイスがおかしいんです。」
弟に向けて嫌味を言う。

祖母は驚く。

今まで、自分の前で言葉を崩した事の無かった柊生が、初めて素を垣間見せた。

「たまにはいいんじゃない。そういう格好も。」
祖母までもが肯定したので柊生は困惑する。

ダメージ加工のデニムなんて履いていたら、だらしない格好だと、咎められてもおかしくないのに…。

「そうですか…。」

「それに兄貴だって分からなくて、逆にカモフラージュになっていいかもね。」

「別にこそこそしたいとは思っていない。」

「兄貴が良くても、花に危害を加えるような奴だっているかもしれないよ?
兄貴は自分が思っているよりモテるんだから。」

花が自分のせいで何か責められるのは嫌だ。とは、思う。

今までの自分を覆すような侮辱的は服だが…
 
まあいい。花が気に入ってくれてるならよしとするか。

玄関で祖母とお手伝いの森さんに見送られながら、車に乗り込む。

康生は、祖母に捕まりしばらく帰らせてはくれそうもない。

「康君、可哀想だね。
わざわざ持って来てくれたのに、お祖母様に捕まっちゃって、まだお説教が続くのかなぁ。」
花は同情して後ろを振る。

「自業自得だから気にするな。日頃の行いが悪いからそうなるんだ。たまにはお灸を据えたほうがいい。」

柊生はエンジンをかける。

「柊君、ちょっとだけ触っていい?」
花が突然そう言うから、

「何?」
と、柊生は花を見る。

花が手を伸ばし終生の前髪に触れる。
ふわふわと触られて前髪を下ろされる。

誰かに触られるのは苦手な方だが、花に触れられるのは逆に嬉しいから、困ったもんだなと自分で自分に笑ってしまう。

「なんで前髪?」
平静を取り繕って花に聞く。

「この方がもっと可愛いから。」
にこりと笑う花の方が可愛いいと思うが、

「男に可愛いは褒め言葉じゃ無いぞ。」
と花に言う。

「他に言葉が見つからないんだもん。
格好かわいいって感じ。」

ふふっと笑う花につられて柊生は苦笑いしながら、

「まぁいい、好きにしてくれ。」
抵抗するのを既に放棄した。
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