若旦那様の憂鬱
「なぁ、花。不思議に思ったんだけど。」
柊生が運転しながら話し始める。

「何?」

「大女将、花には若女将になれって一切言わなかったな。」

「あっ…本当だ!」
今更ながら1番大切な事に気付き花は驚く。

「もし、花が若女将になるのが結婚の条件だって言われたら、若旦那の座は降りるつもりでいたんだけど。」

「えっ⁉︎ダメだよ?
そんなにすぐ辞めるなんて言わないで…。」
さっきの祖母との話しでも辞めると言っていたし、心配になってくる。

「花と天秤にかけられたら、どう考えたって花の方が大事に決まってる。」
当たり前だと言う口振りに、花は困ってしまう。

「で、でも、若旦那様だって大事な役目だよ。」

「俺が居なくても康生が居るだろ?
別に一橋を継ぐのは康生だっていい筈だ。元々、俺は若旦那になんてなる気は無かったんだ。……花がいたから、離れられなくなっただけで。」

「わ、私?」
目を見開いてびっくりする。

「せめて、花が成人するまでは、兄として側で見守っていたかったんだ。」

若旦那になった理由が自分だったなんて…
思ってもみなかった花は驚いて言葉も出ない。

「それに、別に働かなくても株投資だけで充分暮らしは成り立つしな。
だけどそれじゃ、兄としてカッコ悪いだろ?
側から見たら定職にもつかない引き篭もりだ。」

「だからって……。」

「兄として恥ずかしく無い男でいたかったんだ。」
柊生は笑う。

「全部……私の為?」
花は恐る恐る聞く。

「そう、結局、全部花の為だな…。
俺の原動力の源は、ほとんど花に繋がってる。
でも、そうする事が自分の為でもあるんだ。
重いだろ…。でも、もう逃してあげられないからな。」
柊生が真剣な顔で見てくるから、花はドキッとする。
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