若旦那様の憂鬱
「はぁー、何で俺も審査員にならなきゃいけないんだよ。」
会場に向かう車の中で運転しながら柊生はボヤく。
「でも、なかなか出来る事じゃないよ。」
花はそう言って慰める。
「親父がやればいいんだよ。審査員なんて長く生きてる重鎮がやるべきなんだから。」
本当に嫌そうな顔をする。
「周りの人は若旦那様の好みを知りたいんじゃない?」
花は裏方の手伝いの為、今日は気軽な気持ちで参加している。
「俺から見たら花以外はみんな同じに見える。」
「…本気で言ってる⁉︎」
それはいい過ぎだと思って花は驚く。
「…至って本気だけど。悪いけど、花以外は興味無いんだ。」
なんて殺し文句をこの人は、サラッと言っちゃうんだろう……
「柊君…絶対損してるよ。」
信じられないと言う風な目で花は柊生を見つめる。
沢山の女子達を虜にして止まない若旦那様が、他の女子にはまったく興味が無いなんて……
奥さんとしては安心だけど…。
「何?こんな旦那は嫌いか?」
「安心ではあるけれども…」
「花にしか興味なのに、休日も合わないしデートする暇も無い。花との時間が少な過ぎて花不足で死にそうだ。」
額を抑えながら本当に辛そうな顔をする。
「柊君、お疲れ気味だね…。どっかでのんびり休めると良いのに。」
花も心配になる。
「花が癒してくれたら頑張れる。」
赤信号で止まったと思ったら、真顔で花を見据えてくる。
「…どこかで引越しもしたいなとは思ってるんだけど…旅館も今、忙しいでしょ。
康君も、旅館の見習いで結構ぐったりしてるし、なかなか言い出せないんだよね…。」
入籍の日に、祖母に酷くお説教をされた康生は、2週間ほど前から厨房のお手伝いに入って、慣れ無い水仕事を頑張っている。
「花は俺のなのに。」
柊生がそう呟く。
ドキッと花の心拍数が上がる。
「ち、近いうちに、とりあえずお泊まりに行こうかなぁとは思ってるよ?」
「それはいつ?今日、明日?」
柊生が食い気味に聞いてくる。
「直ぐには無理だよ……みんなからお許しを頂かないと。」
「とりあえず、旅館の事はおいて考えて欲しい。花の気持ちが固まったらすぐにでも来て。」