若旦那様の憂鬱
「出発するから、シートベルトして。
家まで2時間近くあるから、疲れただろ?
寝ていいからな。」
花のシートベルトを確認すると、車はゆっくりと動き出す。
「柊君が運転してくれてるのに寝れる訳ないよ…。
私も免許取ろうかな。そしたら柊君が疲れたら変わってあげられるでしょ。」
花が突然思いついたかのように言う。
「絶対ダメ。自転車で出かけるのでさえハラハラするのに…運転する花の横でなんて寝てられない。」
「心配症なんだから、そんなに私って頼りない?」
「花はしっかりしてる。大丈夫だ。」
そう言うと、柊生はひとつため息を吐き、
「これは、ただ……俺の問題なんだ。
…母親みたいに、花が、急に目の前からいなくなったらって、思うだけで怖くなる。」
「柊君のお母様に会って見たかったな。
いっぱい、柊君の話し一緒にしたかった…。」
花は写真でしか見た事無い柊生の母を思い、突然、母を失った子供の頃の柊生の辛さを思い切なくなる。
「花と話しが合ったかもしれないな。母さんも可愛い物が大好きだったから、花の好きなぬいぐるみとか、キャラクターとか、きっと好きそうだ。」
柊生が笑う。
「じゃあ、茶トラとミケだったらどっちが好きだったかなぁ。」
亡き柊生の母を思いながら花はしんみりと言う。
「それは茶トラだろ。断然茶トラの方が可愛いに決まってる。」
柊生の茶トラ愛を感じて、花はふふふっと笑う。
「花は本当はどっちが好きなんだ。義理立てしなくていいから、本心が聞きたい。」
柊生が至って真面目に聞いてくる。
「えっ…どっちもそれぞれ可愛いし、選べないよ。」
それぞれぬいぐるみだってキャラがある。
どっちも好きだし、本気で可愛いから選べない。
…と、花は思う。
赤信号で、柊生は真顔で花を見て、
「分かった。これから毎年、花の誕生日は茶トラグッズで攻めてやる。」
と、よく分からない宣言をした。