若旦那様の憂鬱

タクシーの中、2人の間に会話は無い。

それでも、ずっと繋がれた柊生の手が離れる事は無かった。

花はどこまで行くのだろうと、
街の景色を見ながら思っていると、
タクシーが大きな旅館のロータリーに入る。

ここ⁉︎
びっくりして窓から建物を見上げる。

とタクシーは止まり、
柊生は運賃を支払い花を促し外に出る。

「ああ、やっぱり北海道は涼しいな。」

「本当だね……。」

今の今まで気持ちに余裕が無くて、
気温のことまで気にかけていなかった。

すっかり辺りは暗くなり夜の帳が降りる。

荷物は宿の人が受け取ってくれ、
フロントでは無くなぜか応接室に通された。

「こんばんは。ようこそいらっしゃいました。」
歳は柊生くらいだろうか?
和装の男性が現れ穏やかに微笑んでやって来る。

「お久しぶりです。
急な要望だったのにも関わらず、
快く受付て頂きありがとうございます。
紹介します、妻の花です。」
そう言われて、花は慌てて挨拶をする。

「初めまして、花と申します。
いつも主人がお世話になっております。」
丁寧に頭を下げる。

「初めまして。倉橋と申します。
柊生君にはいつも研修などで会っていて
仲良くさせて頂いています。
一橋旅館にも何度か泊まらせてもらってるんですよ。」

「そうなんですね。
すいません…旅館の事はまるで分からなくて…。」
花は申し訳ない気持ちになる。

「そうなんだ…、未来の若女将だとばかり思ってました。」

「花はまだ大学生なんです。
それに彼女には旅館業を押し付けるつもりはないんです。」

びっくりしたような顔をして倉橋は2人を見る。

「そういう選択が出来るとは羨ましい。
うちは女将あり気で結婚を打診されるから、本当に困っているんです。」
倉橋は苦笑いしながらソファに2人を勧める。

「それに、この多忙な夏休み期間に旅行とは羨ましい。」

「ずっと休みもままならず、結婚式も新婚旅行にも行けてなかったので強行突破です。」
柊生はそう言って笑う。

「今回はうちの離れを提供しますので、
のんびりとお過ごし下さいね。」

「ありがとうございます。」
花はお礼を言いながらも驚きを隠せない。

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