若旦那様の憂鬱
『おはようございます。一橋旅館です。』
電話の声は柊生で、花の心臓は一瞬で高鳴る。朝から心臓に悪いと思いながら、
「おはよう、ございます。朝早くすいません。花です。」
『花か、どうした?』
柊生が、いつもの感じに戻った声で問う。
「今日、当直だったんだ…。
あの、お義父さんって今、電話に出れるかなぁ?」
『親父?仮眠中だけど、起きたかもしれない。ちょっと見てくる。』
「あっ、起こしちゃいけないから、
あの……柊君で分かるかな?私の履く草履って雪仕様かどうか。」
『雪、まだ降ってるのか?』
「ううん。雪は止んだんだけど積もってるの。
多分、今日は良い天気だけど、普通の草履だと濡れちゃいそうだから。」
『今、見てくるから折り返し電話する。』
「あっ、ごめんね。忙しいでしょ?
お義父さん起きてから聞いてくれたらいいよ。」
『それぐらい手間じゃない。
もし、違ったら買いに走らないといけないだろ?折り返すから待ってろ。』
そう言って、電話が切れる。
朝から走らせちゃってるのかな…。
忙しい朝に、花は柊生に迷惑をかけてしまったと心配になる。
毎年、成人式には写真屋さんがホールを貸し切って、成人式の写真撮影を行なっている。
着付けとセットになっている為、もしかしたら、朝から既に着付けが始まっているのかもしれない。
数分後、家の電話が鳴る。
『もしもし、花?』
「はい。ごめんね、わざわざありがとう。
どうだった?」
『雪仕様だったから大丈夫だ。
何時にこっちに来る?危ないから迎えに行く。』
「えっ、大丈夫だよ⁉︎
5分もかからないし、転ばない様に慎重に歩くから。」
確かに、生まれ育った街は雪が降らない暖かい場所だったから、雪には慣れてなくて今だによく転ぶけど…
すぐそこの旅館までの道で、転ぶ事はまず無いだろうと花は思う。
『旅館の玄関口が滑りやすくなってるから。
何時に出る?』
「7時10分くらいには出るつもりだよ。」
『荷物は?』
「えっと、長襦袢と小物だけだよ。」
『やっぱり迎えに行く。成人式の日に怪我なんて洒落になんないだろ。』
「転ぶ前提で言わないで、大丈夫だからお仕事に戻ってね。」
『俺が、心配で仕事どころじゃなくなるから、大人しく待ってろ。じゃあな。』
ガチャンと電話が切られる。
もう、みんな心配性なんだから。
そして、相変わらず頑固な感じ…
柊君には、一週間前に帯を持って来てくれた時に会った以来だ。
はぁー、朝から電話だけでお腹いっぱいなのに、本人に会うなんて緊張しちゃう。