イケメンエリート、最後の独身
謙人が後ろを振り返ると、確かにタクシーは居なくなっていた。
謙人と個人的に契約しているタクシー会社だから、きっと、いつもの感じで気を遣ってくれたらしい。遊び人前田謙人の頃の感覚で。
「あ、本当だ…」
謙人はリアクションに困った。
本心はタクシーの運転手にいい仕事ありがとうと感謝をしている。恋する中学生はそんなレベルなのだ。
だけど、そんなガキの姿を萌絵に見せるわけにはいかなかった。
そこを許してしまったら、その後の謙人の行動はコントにしか見えなくなる。余裕のある大人の男性像なんて消えてなくなるだろう。
謙人は、ちょっとだけ困ったふりをする。どうしたもんかと独り言を言いながら。
「謙人さん、良かったらお茶していきませんか?
時間も遅いので、朝まで居てもらっても全然構わないですけど」
謙人はそれでも悩むふりをする。
悩むポース? 心は小躍りしているくせに。
「いいのかな…
じゃ、お茶だけ頂こうかな」
萌絵のピンク色のオーラの中にずっと包まれていたい。ずっと一緒に居れるのなら、お茶を何十杯でもおかわりしよう。
ことだまマンションのエレベーターは、相変わらず、まだ故障中だった。
あの日から二週間以上経っているのに、どういうことなのだろうか?