イケメンエリート、最後の独身
そう、ここの会社には、いわゆる一般的な鍵なんてない。IDカードに顔認証、そしてパスワード、そんな世界だった。
長い間、鍵なんてほとんど役に立たない発展途上国に住んでいた萌絵にとって、そのシステムはそれだけで緊張する仕事だった。
「萌絵ちゃんの家の最寄の駅は、二回の乗り換えが必要だね」
萌絵はオフィスを出る前に、謙人に最寄りの駅を教えた。謙人はその駅名をスマホで検索して、あっという間に答えを導き出している。
「やっぱり、そうなんですね…」
謙人はスマホを萌絵に見せた。そのアプリは全ての乗り換えの案内を表示してくれている。
「萌絵ちゃん、今の時代、この検索ツールがないと何もできないんだ。
萌絵ちゃんだけじゃないよ。
ほとんどの日本人は無理だと思う。スマホがないと中々行きたい場所にスムーズには行けない。だから、落ち込まなくても大丈夫」
乗り込んだエレベーターは加速度を増して下りていく。
そんな超高速のエレベーターに乗った事のない萌絵は、目をつむって謙人の右腕をギュッと掴んだ。
でも、すぐに離した。高所恐怖症まで知られたくなかったから。