イケメンエリート、最後の独身
エレベーターの中で、謙人は萌絵がマフラーを忘れている事に気が付いた。
萌絵は黙ったまま、エレベーターから早々と降りる。珍しく、謙人よりも先に慌てたように。
「萌絵ちゃん、マフラー、取りに戻ろうか?」
謙人は親切心で何度もしつこくそう聞いた。でも、何も返事はない。
しばらくして地下鉄へ向かう地下道に入った時、萌絵はようやく口を開いた。
「私、マフラー、今日はしてないです」
「え? でも」
謙人がそう言いかけると、萌絵は歩くスピードを速めた。
「お昼の時、紺色のマフラーを巻いてなかったっけ?
結構、厚手の暖かそうなやつ」
萌絵は首を傾げながら何もコメントしない。
「萌絵ちゃん、ちょっと待って」
謙人は萌絵の手を取り、歩道の隅に萌絵を立たせた。
「マフラーをしてたのは分かってるんだ。あの時、紺色のもこもこしたマフラーを首に巻いていたのははっきりと覚えてるから。
あの、マフラーは萌絵ちゃんのじゃないの?」