跡取りドクターの長い恋煩い
 そこへ宗司先生が手作りっぽいジャムの瓶を置いた。
 これは……りんごジャム? これも隣の部屋から持って来たのだろうか?

「コーヒー豆はあるか?」

「え?  あ、はい!
 ……わぁっ、私がやります!  こんな立派な朝食を用意していただいて、コーヒーを入れるだけで申し訳ないのですが」

「……こんなのは別に普通だ」

「普通……」

 この人いつもどんな生活をしているの?
 朝食なんて、トーストにバターを塗って、牛乳とコーヒーで流し込む。それが私の精一杯の朝食なんだけど?

 コーヒーメーカーに粉と水をセットしながら普段の朝食とのギャップを思いやる。

「笑美里、パンにりんごバターは?  塗るか?」

「はい。あの、それよりどうして『笑美里』なんですか?」

「……?  昨日の帰り道、芦田先生はやめてって、笑美里が言ったんじゃないか」

「……はい?」

「『宗司くん、昔みたいに笑美里って呼んで』って……覚えてないのか?」

 ……覚えてない。
 ヤバい。私の記憶、ゴミになってる。
 裸で寝てた醜態といい、先輩医師に名前呼びを強要するとか、昨日の私は何を考えていたんだ。

「食べないか?」

「あ!  ……すみません。
 コーヒーが入ったらお持ちしますからいただきましょう!」

 せっかくの朝食が冷めちゃう!
 
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