跡取りドクターの長い恋煩い
 長沼さんの娘さんは高校で陸上部に所属していて、部活がないのは月曜日のみだ。
そして旦那さんが来られるのはノー残業デーの水曜日と土日。

笑美里は全て頭に入っているようだった。おそらく、昨日のうちに矢本先生の患者のカルテには、全て目を通したのだろう。

「娘が来たら散歩に付き合ってもらうわ」

「いいですね!
今ツツジが少しづつ咲き始めているんですよ」

「まあ、もうそんな時期なのね。
ここにいる間に季節が変わっていくわね。
早く外に出たくてウズウズしてきたわ」

 患者のモチベーションを上手く上げている。新人とは思えない自然なやり取りに、俺は静かに感心していた。

 その後も難なく採血を続け、朝食が始まる7時までに、予定していた全ての採血が終わった。

 笑美里は『得意』だと言ったその言葉の通り完璧だった。
 彼女の中で『得意』と言い切れることはきっと少ない。本当に自信があることだけにしか『得意』という言葉は使わないのだろう。
 だからこそ、その言葉は信用出来るものなのだ。
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