独占愛~冷酷御曹司の甘い誘惑
「あ、りがとうございます」



「敬語」



「え?」



「夫婦になるんだから、敬語は不要だ」



眉間に皺を寄せる姿は何度も目にしたが、笑顔はあまり見た記憶がない。

この現状はやはりこの人にとって不本意で、迎えもきっと監視目的だ。

そうに決まっている。

無理やり納得した途端、胸が苦しくなり慌ててうつむく。



「……急には無理です」



「否定の言葉が多いな」



平坦な声に、肩がびくりと揺れる。



「……強要する気は、ない。俺に気を遣ったり遠慮しなくていい」



片眉を下げて私を見つめる姿は、困っているようだった。

完璧な彼の意外な一面に戸惑ってしまう。



「今すぐは難しいので、少しずつでいいですか?」



「……ああ」



そう言って、近くに停めていた社用車に誘導された。

車に近づくと、運転席から眼鏡をかけた細身の男性が降りてきた。



「はじめまして、秘書の三橋(みはし)と申します」



「新保彩萌です。お世話になります」



慌てて自己紹介をする。

三橋さんは三十五歳で、彼の専属秘書だという。

彼も分家の人間らしい。

瑛さんと後部座席に並んで座っても、手を繋いだままだった。

三橋さんがゆっくりと車を発進させる。



「新保様の退去手続きは終わりました。お荷物は新居に運んでおりますので、ご確認ください」



「はい、ありがとうございます」



「倒れたと伺いましたが、体調はいかがですか?」



「大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません」



穏やかに話しかけてくれる三橋さんのおかげで、緊張が少し和らいだ。

一方の瑛さんは終始無言で、車窓から流れる景色を見つめていた。

マンション前で私たちを降ろした後、三橋さんは会社へと戻っていった。
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