独占愛~冷酷御曹司の甘い誘惑
「夜は一緒に寝室で眠ると言っただろ? もう忘れたのか?」


スッと長い指を伸ばし、私の髪先をつまんで弄ぶ。

さり気ない仕草ひとつに、どうしてこんなに色気があるのだろう。

近づく整った面差しに、心音が不規則なリズムを刻む。



「彩萌?」



「お、覚えています」



「だったら今から少しでも片づければいい。夕食の準備ができたら声をかける」



「……え?」



予想と違う返答に、瞬きを繰り返す。



「あの、準備って?」



「夕食だろ? 一応引っ越しの日だからな。手早く食べれるように弁当類を手配した」



そう言って、大きな紙袋を掲げる。

言われてみれば、車から降りた際に三橋さんからなにか受け取っていた記憶がある。



「最初から……そのつもりで?」



「当たり前だ。お前が片づけている間、俺だけが食事をとってどうする?」



呆れたような物言いに、胸の奥がくすぐったくなる。

思いがけずに触れた優しさに心がコトリと揺れ動いた。

自分勝手で傲慢な人はこんな真似はしない。

胸の奥に、じんわりと表現しきれない温もりが広がっていく。

契約結婚の相手がこの人でよかったと素直に思った。



「……ありがとうございます。色々考えてくださって、すごく嬉しい」



ありきたりな言い回ししかできないが、精一杯の感謝の気持ちを込めて伝える。

けれど彼はどうしてか、自身の口元を空いているほうの手で覆ったまま微動だにしない。



なにか、言い方が悪かった?



「瑛さん?」



名前を呼ぶと、ハッとしたように瞬きをする。



「いや、当然のことをしたまでだ……準備ができたら呼ぶ。なにか手伝いが必要なら声をかけろ」



言うが早いか、足早にダイニングルームへと消えていく。

彼の態度が不思議で気になったが、早く片づけようと急いで自室に向かった。
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