【砂の城】インド未来幻想
 扉の内側はアーチ状のトンネルで、冷気と湿気を含んでいた。先程までの岩壁ではなく、コンクリートのような強固な雰囲気の素材が辺り一面を取り囲んでいる。良く見れば細かな気泡状の穴が無数に開き、その全てに溢れんばかりの水分が満ちている。四方八方からせせらぎのような水音が響き、ナーギニーは水のある空間とはこれ程までに心地良いものかと、初めての感覚に驚いた。

 数十メートルも進んだだろうか、入口に似た金属扉が再び現れた。前方の使者が同じように引いたが、今度は目を(つむ)りたくなるばかりの(まばゆ)さが視界を塞ぎ、思わず少女は額に手を(かざ)していた。

 朝、いきなり窓辺のカーテンを寄せられたような柔らかな陽差し。暖かく肌を包み込む優しい空気が、ナーギニーの緊張を軽やかに解きほぐしていく。

 『砂の城』とは余りにもお粗末な呼び名だと諭された。其処はまさに楽園であった!

「……あっ……」

 少女は唇から感嘆の溜息を落とし、目の前に広がる雄大な景色につと立ち尽くした。何しろ物資の乏しいこの時代、文献も写真も殆ど朽ち果て、(いにしえ)の華麗な世界を知ることなど難しい。けれどまさに今、忘却の遺産が蜃気楼でも幻影でもなく、自分の目と鼻の先に完璧な造形を成して実在しているのだ。


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