【砂の城】インド未来幻想
 十分程度で車輌は宮殿を囲む境界に到着した。其処はまさにアグラの街のタージ=マハルであった。しかし砂漠の中ではなく、以前水を湛えていた「生きた」時代の傑作として、だ。赤砂岩の大楼門を抜けた先には緑色に輝く庭園が広がり、その地を十字に仕切る水路の中心では、噴水から透明な水が滔々(とうとう)と溢れている。墓廟(マウソレウム)ならぬ宮殿の左右には、しっかりとモスク(マスジド)迎賓館(ミフマーン・カーナー)(そび)えていた。

 ナーギニーは楼門の下、再び立ち(すく)んだまま言葉を失っていた。いや、憤慨をしていたのかもしれない。このように水と食料と美しい住居が砂と遮断された快適な世界にありながら、貧乏人には万に一つのチャンスもなければ与えられることは叶わないのだ。そしてそれを手に入れるには努力ではなく、天性の美貌のみが必要とされることも……。

 使者に背中を押され、少女は止まった時を進めるように幾段かの階段を下りた。長いプロムナードを歩き出すや、遠く小さな人工物だった筈の宮殿が、いきなり威圧するようにその存在を顕わにする。背後の黒宮は見事に隠されていたが、おそらくジャハーン帝が望まれた通り、宮殿と王宮を繋ぐ橋が架けられ、その下にはヤムナと呼ばれる人工河が流れているに違いなかった。


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