【砂の城】インド未来幻想
「い、いえっ! とても嬉しかったです! 花の首飾りは上着の中に隠しましたので……香りが服に染み込んで、心地良いくらいでした!!」

 そんな意を汲み、ナーギニーはどれほど幸せに感じたかを、何とか伝えようと語気を強めた。いつの間にか大きくなってしまった声に気付き、慌てて口をつぼませる。外からの声を(いぶか)しんで隣室の少女がバルコニーに出てきてしまったら、またこのひとときは終わってしまう……昨夜の哀しみは出来れば一秒でも先に遠ざけたいと思っていた。

『ありがとう……ナーギニー』

 その呼びかけは、昨夜哀しみの後に得られたシュリーの声を思わせる(いつく)しみの深い声色だった。

「ありがとうございます、イシャーナ様……ですが、あの碧い宝石はきっと高価なお品だと思います。私などには……」

『いや……気にしなくて良いよ。ただ此処では指に飾ってもらえないのが残念だけど。スター・サファイアには力がある……良かったらお守り代わりに持っていてほしい』

「は、はい。大切に致します」

 この時ナーギニーは手の中に指輪を握り締めていた。どれだけその指に通したいと願ったことだろう。けれどやはり初めて此の地で会話を交わしたあの夜のように、自分の感情を優先してしまったら、心の奥底の(たが)が外れてしまう気がした。これ以上の幸せを望んではいけない……そんな想いが少女の鎖を引き絞り、更にがんじがらめにしようとした。


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