【砂の城】インド未来幻想
『ごめん、今夜はこれで帰るよ。それから……明日と明後日はおそらく来られないと思う。母の容態が少し良くなって、シャニ様が夕食を共にしたいと仰るので……何とか最終日の夜には来たいと思うのだけど……』

 今夜から三晩、イシャーナの居ない夜を越えたらもう最後の夜――告げられた衝撃は、この幸せな時間が永遠に続かないことを痛切に知らしめていた。

「……お忙しい中をありがとうございました。あの……お母様のご病気が、このまま良くなられますように……」

 深々と頭を下げ瞳を閉じる。掌の中の碧玉(へきぎょく)を強く握り締めて、ナーギニーは溢れる涙を必死に(こら)えようとした。

『こちらこそ、楽しい時間をありがとう。その言葉、母にはきっと伝えるから』

 イシャーナの声は今までで一番近くに聞こえた。ふと顔を上げたナーギニーの右の目尻に、チラチラと何かがひらめいて消える。

 宝石の如く輝く涙を一雫(ひとしずく)、ナーガラージャの細長い舌が、受け止めるように呑み干していった――。





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