【砂の城】インド未来幻想
 これほど荒廃した大地においても、少なからずの平穏がある。そして今がその時であった。甘い酒に身を委ね、過去の地球を懐かしむ老人。若い夫婦は、炎に照らされ(くれない)の城と化したタージを眺めて、愛を語り合った。家族は今日だけの豊かな食卓を前に一家団欒の時を過ごし、ひとときの踊り子となる少女達は、おぼつかない未来に幸せな宮殿生活を見出そうとする……けれど『彼女』だけはそんな気分に浸ることなど出来ずにいた。目を背けずにはいられない、哀しい光景を見てしまった彼女には――。

 意識を失った身に母親の悔しさを打ちつけられ、運ばれていったラクシャシニーという年下の娘。彼女の瞳は必死というものをとうに通り越していた。そして周りに坐していた順番待ちの少女達の、舞台を見守るひたむきな表情。砂の舞台、それを見据える無数の眼。黄ばんだ白目を赤く血走らせ、大きく淫靡(いんび)な黒目がなめつけるように、自分の全身を覆い尽くす――想像するだけでも身の毛のよだつ思いがした。出来ることなら全てから逃げ出したい。だが、どうやって? 何処へ? 逃げたところで生きる(すべ)もない。奴隷か娼婦として身を売られるだけだ。家族の許へ泣いて戻っても、あの少女と同じ目に遭うだけかもしれない――それが分かっているこの今、目の前に立ちはだかる苦難を受け入れることしか、ナーギニーに道はなかった。


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