【砂の城】インド未来幻想
 タージ=マハルの周囲には、もはや人気(ひとけ)はないように思われた。それでも誰もが帰路に着いた訳ではなく、墓廟を正面とした遥かから、僅かに騒めきが響いている。明日・明後日と祭りは続く。そのため夕刻までの大勢は激減したが、「これ程までに端麗な風景はそう見られたものではない」――心を動かされた一部の民は、(あら)たかな絶景を全てその眼に収めようと、遠ざかった小高い砂の山へ(うたげ)を移し再開した。

 酒の力を借りて鬱憤(うっぷん)を晴らす男、自分の不幸を泣いて語る女。そんな(すさ)んだ心を晒す行為も止めてしまう程の清らかな風月無辺。平沙万里に咲いたインドセンダン(ニーム)の白紫の花群の如く、タージ=マハルは諸人(もろびと)の疲れを癒さんと此の地に咲き乱れていた。

「見て見て、ナーギニー。タージの周りには誰も居ないわ! わたし達だけでこの景色を堪能出来るなんて本当に素敵っ! ねぇ、上まで上がってみましょう!!」

 シュリーは疲れた様子もなく、前を走り続けながら興奮気味に叫んだ。腕を引かれたまま息を切らすナーギニーは、彼女の言葉の意味は理解出来ても、すぐに返事をすることは出来なかった。


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