【砂の城】インド未来幻想
「あっ……」

 驚いたように声を洩らしたのは青年の方だった。(ころも)越しにナーギニーの両肩へ置いた手を、慌てて離して一歩を下がる。月光はナーギニーの表情を読み取れるほど輝きを帯びていたが、その影となった青年の姿は、背の高いシルエットを神々(こうごう)しく浮かび上がらせただけであった。

「君、舞踊大会の参加者かい? 出場は明日? 眠れなくて此処に来たの?」

 質問攻めにされたナーギニーは、青年を囲う光を見つめたまま呆然と立ち尽くしてしまった。奏でるような清廉(せいれん)とした声、(かたど)られた姿も凛としてしなやかな雰囲気を放つ。彼の面差しも装いも、何もかもが闇に紛れて見えずとも、青年が生まれながらに持つ澄み通った気品が、ナーギニーの心の琴線(きんせん)に触れたようだった。

「君の名は?」

 もう一度問いかけられて、ナーギニーの連れ去られた心が在るべき場所へ戻ってきた。――自分の名前。伝えたら彼の記憶の一部となろうか? が、震える唇がそれを紡ぐことはない。


< 57 / 270 >

この作品をシェア

pagetop