【砂の城】インド未来幻想
「あ……ご、ごめんなさい、お母様……」
空気を斬り裂くような母親の大声に、ナーギニーは慌てて半泣きの顔を持ち上げた。あれからシュリーとこの宿舎へ無事に戻ったが、翌日待ち受ける恐怖が少女を明け方まで眠らせることはなかった。全てが夢ならば……と願うも、母親のテキパキと支度を整える皺の刻まれた指先も、天窓から差し込む生暖かい陽の光も、現実以外の何物でもなかった。そして昨晩クルーラローチャナ一族の青年から掛けられた白いマントも……ナーギニーは枕の下に隠したそれを視界の端に入れて、小さくホッとしたような息を吐いた。
「さぁさぁ、これに着替えて。あなたの番までそりゃあ時間はあるけれど、少しは他の娘のも見ておかないとね」
母親はそう言って、無造作に空色のパンジャビ・ドレスをベッドへと放り投げた。緩やかな長尺の上着に、足首の絞られたパンツ、首にはドゥパッターというスカーフを身に着けるこの民族衣装は、サリーとは違って活発そうな装いだ。ナーギニーとしては昨日の赤いサリーをもう一度身に着けたかった。それがあの青年と再会する為の目印になると思ったからだ。なにぶん出逢った時には淡い月明かりのみで、顔など覚えてもらえずにいるかもしれない。が、彼女が母親に逆らえる程の強みを持つ筈もなく、いそいそと言われた通りの行動を取るしかなかった。(註2)
空気を斬り裂くような母親の大声に、ナーギニーは慌てて半泣きの顔を持ち上げた。あれからシュリーとこの宿舎へ無事に戻ったが、翌日待ち受ける恐怖が少女を明け方まで眠らせることはなかった。全てが夢ならば……と願うも、母親のテキパキと支度を整える皺の刻まれた指先も、天窓から差し込む生暖かい陽の光も、現実以外の何物でもなかった。そして昨晩クルーラローチャナ一族の青年から掛けられた白いマントも……ナーギニーは枕の下に隠したそれを視界の端に入れて、小さくホッとしたような息を吐いた。
「さぁさぁ、これに着替えて。あなたの番までそりゃあ時間はあるけれど、少しは他の娘のも見ておかないとね」
母親はそう言って、無造作に空色のパンジャビ・ドレスをベッドへと放り投げた。緩やかな長尺の上着に、足首の絞られたパンツ、首にはドゥパッターというスカーフを身に着けるこの民族衣装は、サリーとは違って活発そうな装いだ。ナーギニーとしては昨日の赤いサリーをもう一度身に着けたかった。それがあの青年と再会する為の目印になると思ったからだ。なにぶん出逢った時には淡い月明かりのみで、顔など覚えてもらえずにいるかもしれない。が、彼女が母親に逆らえる程の強みを持つ筈もなく、いそいそと言われた通りの行動を取るしかなかった。(註2)