【砂の城】インド未来幻想
 ――ナーギニー……――

 午前の部が終わりを告げた。一旦閉幕となった舞踊会場は、散り散りとなる人々の行き交う波で騒めき出したが、名を呼ぶ声が微かに聞こえた気がして、ナーギニーはそっと後ろを振り向いた。

 ――シュリー?

 周りを囲う家族に気付かれぬよう辺りを見回してみれば、背後の客席の向こうにシュリーが手招いているのが見えた。ナーギニーは彼女の(もと)へ踏み出したい気持ちで一杯だったが、両親を振り払っていくだけの勇気はなかった。

「いらっしゃい! あなたなら出来るわっ!!」

 シュリーは再び、しかし今度は大声で叫んだ。先程まで注目の的だったシュリーなのだ。彼女に気付いて皆が殺到するのは時間の問題だった。ナーギニーは励ましの声に背中を押されてトンと一歩を踏み出し、母親に相対した途端、弾かれたみたいに言葉が勝手に口を突いて出た。

「あのっ……ちょっと忘れ物を――」

 言葉半ばにして走り出した少女の背中へ、母親は「広場のサモサ屋台で待ってるよ!」と声を掛けた。後を追ってくる様子はなく、ナーギニーは安堵と再会の喜びを(おもて)に浮かべ、同じ表情で手を差し伸べるシュリーへ急ぎ走り寄る。

 その手がナーギニーのそれを掴まえるや否や、シュリーは同時に駆け出した。ナーギニーを連れて墓廟の基壇を回り込み、東から北の裏手に向かって一気に走り抜いた。


< 69 / 270 >

この作品をシェア

pagetop