【砂の城】インド未来幻想
 自分で取った行動に自身で(はなは)だ驚きながら、ナーギニーは息を切らしたまま晴れやかな笑顔を作った。シュリーはまるで旧来の親友を迎えるように少女をねぎらい、この辺りでは貴重となった菩提樹(ピーパル)の大樹の陰に、彼女を(いざな)い共に腰を降ろした。(註1)

 シュリーは既に着替えを済ませ、先程よりも淡い緑のパンジャビ・ドレスを身に着けている。化粧も落としてスッキリとした頬を、そよそよとした風が優しく撫でる。同じ空気がナーギニーの黒髪も柔らかく()かし、二人は生き返ったように大きく息を吐いた。

「元気そうで良かった! わたしが宿舎を出た時には、まだあなたは眠っていて……今度はいつ会えるかと心配していたの。偶然客席に居るのを見つけて、声を掛けて正解だったわ」

 昨日と変わらないシュリーの調子に、ナーギニーは心からの感謝をした。彼女が生まれてこの方言葉を交わしたのは、家族五人以外に他はないのだ。母親を除いた祖母・父・兄・妹は、いつも何処となく壊れ物を触わるようにナーギニーと接し、心の奥底から気を許せる者などただ一人でも存在しなかった。

「あの……シュリー……」

 ニコニコと喜びを露わにするシュリーに対し、ナーギニーは初めて自分から話を始めた。その勇気を出させてくれる真正面の朗らかな笑顔は、キラキラと輝く宝石のようだった。

「なあに? ナーギニー」

 そう問いかけても、シュリーは口ごもる少女を急かしはせず、もう一度口を開くのをちゃんと待っていてくれる。


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