【砂の城】インド未来幻想
 クルーラローチャナ一族の来訪が近付くにつれ、ナーギニーの噂が立ち始めたのは、あたかも必然のように思われた。生まれてからの殆どを屋内に隔離され、大切に育てられてきた美しい姫君。そんな少女が大衆の面前で踊るとなれば、興味をそそられた民達が殺到したくなるのも頷けよう。同時にそれは出場する娘達の不安の根源でもあった。その為この二日目後半の会場は次第に人の山が増え、午前の倍にも及ぼうとしていた。

 しかし幸いにもナーギニーの姿を知る者など皆無に等しかった。だからこそ黒い葡萄のような眼をギョロつかせ、男共が探し回るまさにその中心で、彼女は今でも見出されずにいられるのだが。

「さて、と……そろそろ行こうかね。お前はそれだけでも十分綺麗だけれど、シャニ様に気に入られる為に、もっともっと美しくならなくちゃあいけないんだ」

 ナーギニーまで残り五人と時を数え、母親はとうとう娘の手首を掴み促した。いつかは覚悟しなければならぬと思いつつも、咄嗟に強張(こわば)らせてしまうその腕が、母親の強引な手に引き上げられる。少女の弱々しい身が腰掛けた人々の頭上に飛び出したその時――巻き上がった風がフワリと細長い布に絡みついた。まるで恋しがるように内に(はら)み、涼やかな風と共に去ってしまったその布は――頭からすっぽり少女の顔を隠していた筈の紺碧(こんぺき)のドゥパッターだった。


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