【砂の城】インド未来幻想
「まあまあ落ち着きなさい。まだ決まった訳じゃない。お前も見ただろう、シャニ様が立ち上がった娘に向かって手を鳴らしていたのを。とにかく明日の発表を待とうじゃないか。こんなに美しい娘なんだ。好色のシャニ様が放っておく筈がないよ」

 自分ですら動揺を隠せずにいるナーギニーの父親は、妻の肩に手を置いて、自分も含めて家族を励まそうとしていた。

「そうは言っても……優勝出来るのは一人なんだろう? ああ……今回に限って州代表の選抜がこんな舞踊大会になるなんてっ! これがなけりゃあ誰もがこの()を選ぶに決まっているのに! もうっ、なんてわたし達はついていないんだろう……!!」

「まぁ、仕方がないさ。祭りの費用を捻出する為に、一族の訪問は不可欠だった……寄付金をたんまり出せるシャニ様においでいただくには、このイベントが必要だったんだよ……」

 しかしこれこそがシャニをも悩ませる通過儀礼となっていたとは、誰もが気付かされることなどなかった。

 ひとしきり泣きはらした母親は、赤く腫れた泣き顔のまま、無言で帰り支度を整えた。夜祭りの舞妓(デーヴァダーシー)を免除となったナーギニーは、兄に背負われ、闇の立ち込めた表へ連れ出されたが、まるで気を失ったように目覚める様子は微塵(みじん)もない。付き添った家族は重い足取りで、依然盛り上がりを見せる祭りの灯りに、後ろ髪を引かれながら墓廟を後にした。

 ナーギニーのぬくもりを残した寝台の下には、白いマントの隠された鞄が、ぽつんと忘れ去られているなど知る(よし)もなく――。


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