婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。

 あの日、僕の目に映ったのは柔らかな日が差し込む部屋で、静かに手元の書類に視線を落とすラティだった。
 真っ直ぐに背筋を伸ばし、光を受けた銀髪はラティの魔法みたいに白く清浄な空気をまとっていた。透き通るような肌と、わずかに開く薄桃色の唇があでやかだった。

 僕に気付いてこちらを向いた瞳は夜明けの空のように澄んだ紫で、一瞬その美しさに痛みを忘れたほどだ。すぐ気を失ってしまったけど、月の女神の化身だと思ったのを覚えている。
 目覚めた後は屈託のないラティに心まで奪われて、もう手放すことなんてできないと思った。

「思ったより近くだったかな」
「ほお、そうでしたか。……ラティシア様、今後はなにかありましたら、存分に頼ってくだされ」
「……ありがとうございます」

 納得いかない顔のラティだったけれど、アリステル公爵の言葉にきらりと瞳が光った気がした。
 もしかして、アリステル公爵を頼って国外へ逃れようとしている? 唯一逃亡できる可能性があったバハムートには僕の許可なしに国外へ行くことを禁じているし、他の方法と言ったら高位貴族や大商人を頼るくらいだ。

 若干そわそわしているラティには悪いけれど、釘を刺しておこう。貴族たちにも再度通告しておくか。

「ラティ、ちなみに国外への移動は僕の許可を取るようになっているからね」
「……! な、なにも言ってませんけど?」
「念のため、ね」

 にっこりと微笑んだのに、ものすごく嫌な顔をされてしまった。
 まあ、そんな顔も愛しくてたまらないけれどね。



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